新発見
揺れてる!!
ようやく聞こえてきた父親の寝息に安堵しながら、明け方窓越しにちょっとホッとぼんやり山を眺めていて、ふと気がついたんです。
あ、木が揺れてる!!
もっとじっとよく目を凝らしてみると、一本一本の木がざわざわざわざわと、それはそれは揺れていて、ものすごい生気を感じたのです。
山は、『山』という一個の個体として存在するように思っていましたが、実はものすごい色んなものの集合体なんですよね。
今まで私が見てきた山は、なんだったんだろう!?と、ものすごい衝撃でした。
遠くから見る山は、静かに、でもどっしりとそこに佇んでいて決して動くことはありません。ドライブしながら見る山も、こちらが動いているのでやっぱりそこに在るだけの山。山の中に入ると、自分の視界の中に入る木々しか見えないので
山、という全体を見ることは出来ません。
山全体が見えていて、でもそう離れていない距離からじ~っと山を見つめ続けるなんて、案外していないことじゃありませんか?
海を見続けることはあっても、遠くの山々を眺めることはあっても、一つの山全体を見続けることって、考えてみたら、どうです?あまりないでしょう?
山って、ものすごく動的だったんですよ、ホント!!
風が吹けば、木が揺れるなんて当たり前のことですけど、山の木々一本一本のあの揺れる様に、私はとにかく衝撃を受けて一人感動していました。
そして山から立ち上る霧。これも山全体からもわもわ~って出て行くもの、くらいに思ってましたけど
この霧もですね、ある固定の箇所から、吹き出るように絶え間なく勢いよく出て行くんですよ。
あぁ、昔の人はこの山には龍がいる、とかそりゃ考えるよ、なんて、私も一人でいろいろ妄想してしまいました。
だって本当に、何かから吐き出されているかのように一気に出てきて風と共に立ち上り、薄らいだかと思うとまたぐわっと出てきて・・・・と何度も何度もある一定のリズムで繰り返されるんです。
今まで私、何を見てきたんだろうと、もしかして、山だけじゃなくいろんなもの、見てるつもりで、本当はちゃんと見えていなかったことが、もっともっとあるんじゃないかって。。。。。。。
この感動と衝撃を、うまくお伝えできないのがもどかしいんですけど、とにかくですね、
山は生きてるんです。動いてるんです。実は荒々しく。ホントに!!
ようやく聞こえてきた父親の寝息に安堵しながら、明け方窓越しにちょっとホッとぼんやり山を眺めていて、ふと気がついたんです。
あ、木が揺れてる!!
もっとじっとよく目を凝らしてみると、一本一本の木がざわざわざわざわと、それはそれは揺れていて、ものすごい生気を感じたのです。
山は、『山』という一個の個体として存在するように思っていましたが、実はものすごい色んなものの集合体なんですよね。
今まで私が見てきた山は、なんだったんだろう!?と、ものすごい衝撃でした。
遠くから見る山は、静かに、でもどっしりとそこに佇んでいて決して動くことはありません。ドライブしながら見る山も、こちらが動いているのでやっぱりそこに在るだけの山。山の中に入ると、自分の視界の中に入る木々しか見えないので
山、という全体を見ることは出来ません。
山全体が見えていて、でもそう離れていない距離からじ~っと山を見つめ続けるなんて、案外していないことじゃありませんか?
海を見続けることはあっても、遠くの山々を眺めることはあっても、一つの山全体を見続けることって、考えてみたら、どうです?あまりないでしょう?
山って、ものすごく動的だったんですよ、ホント!!
風が吹けば、木が揺れるなんて当たり前のことですけど、山の木々一本一本のあの揺れる様に、私はとにかく衝撃を受けて一人感動していました。
そして山から立ち上る霧。これも山全体からもわもわ~って出て行くもの、くらいに思ってましたけど
この霧もですね、ある固定の箇所から、吹き出るように絶え間なく勢いよく出て行くんですよ。
あぁ、昔の人はこの山には龍がいる、とかそりゃ考えるよ、なんて、私も一人でいろいろ妄想してしまいました。
だって本当に、何かから吐き出されているかのように一気に出てきて風と共に立ち上り、薄らいだかと思うとまたぐわっと出てきて・・・・と何度も何度もある一定のリズムで繰り返されるんです。
今まで私、何を見てきたんだろうと、もしかして、山だけじゃなくいろんなもの、見てるつもりで、本当はちゃんと見えていなかったことが、もっともっとあるんじゃないかって。。。。。。。
この感動と衝撃を、うまくお伝えできないのがもどかしいんですけど、とにかくですね、
山は生きてるんです。動いてるんです。実は荒々しく。ホントに!!
おはようございます。
返信削除わかる気がします。
私は山奥の道なき道を走るとき、近くの樹木に目をやるのが怖いのです。
変な話ですが、1本1本がまさに生き物でなにか吸い寄せられそうな、あるいはじっと見られているようなそんな感覚になるんです。
私たちなんかより遥か長い歳月を生きている「木」。
静かに生きているこの山に勝手に入るんじゃないとでも言われているかのようです。
チーフさんの「生気を感じる」という言葉に同じ思いを持っていましたので思わずコメントをさせていただきました。
失礼しました。
kaoriさん、おはようございます。
削除共鳴してくださる方がいてくださってよかった!!
そうそう、長い長い年月をずっとそこに居て、静かに佇んでいるだけのようでいて、でも確かに生きているんですよね。
屋久島や、奥入瀬渓流を散策したことありますが、今思うと軽々しくすごい、キレイ、と言いながら、なんだかただのお散歩、ただの観光気分で歩いていたことが、恥かしい気がしています。
生気を感じる、命を感じることは、でも確かに自分も今ここに生きている、ということなんですよね。感謝。