納棺

「あ、お線香が消えちゃう!」

と競うように枕もとに寄る子どもたち。
広い部屋に私たちしかいないので、子どもは明け方の緊張から一変、すっかりくつろいでいました。
けれどいよいよ納棺の際には言葉も発せず、表情も硬くなっていました。
一番に気になったこと。
ドライアイスというものはあんなに使わなくてはいけないものなのでしょうか。
胸の上にブロック状のものが2本。
なんだか胸が押しつぶされるようで、布団がかかっていれば見えないのですが、でもやっぱり苦しそうに感じて、なんだか辛い気持ちになりました。
両脇に置くのではいけないのでしょうか。
湯灌の儀というお話や設備を見せていただいたことがありましたが、こちらではそれはなく、綿花で拭くだけでした。
やはり長くお風呂も入れていなかったので、温かい湯に入れてあげたかった気もしますが、自分の裸を見られるのは本人も嫌かな、家族も抵抗があるかな・・・とも。
子どもの頃母方の祖母が亡くなった時、昔のお金をたくさん入れていたことをはっきりと覚えています。
「これがないと三途の川を渡れんのんよ」、と教えてもらったので、「私の時のもとっといてえね」、とおじいちゃんに頼んだことを今でも覚えています。
今は紙に印刷したものなんですね。
それぞれ一つ一つに由来やいわれがあって、子どもたちに伝えてやりたいし、伝えてやるべきだと思うのですが、私たち自身がそういったことを十分に知らないのですから、難しいですね。
昔なら親戚の中に一人や二人、詳しい人がいて語れたのでしょうが・・・
今は兄弟が少ない、ということは親戚自体が少なくなっているのですからこの現象はこれからますます顕著になってゆくでしょう。
その語り継ぐ大切さの部分を、葬儀社の方が補ってくださることが出来たなら、とつくづく思いました。
それから納棺の際に感じたもう一点。
私と主人は棺の中で少し顔を傾けたほうが、辛くなさそうな、いい表情に見えたのでわざと少しずらしていましたが、葬儀社の方は「もう少しこうですね」と真っ直ぐに直されました。
こういった一つ一つも、遺族の想いと、葬儀社の方のよいと思われる想いと、ずれが出てしまいますよね。
その時にこう思っているのです、とすぐに伝えればよいのでしょうが、やはり専門の方がされることですし、なかなか言い出しにくいものです。
手順を説明して頂いてそれに従っていくので精一杯でした。
でも提案くださった棺は箱に押し込めるという感じではなく、幅もゆったりとしていて、
「こりゃぁセンスがええなぁ。」
という義母の声が聞こえてきそうでした。

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