喪中ハガキ

「喪中につき、年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます。」

あぁ、やっぱり・・・・とうとうきちゃった・・・・私の敬愛してやまない小学1,2年生の時の担任の先生。90年の生涯。

会いに行かなきゃ、行かなきゃと思いながら、結局行けずじまいで、それこそちょうど春に先生のお住まいの近くを車で偶然通りがかり

あ、この地名はそうだよな、会いたいな。と強く強く感じ、でも人に乗せてもらっていたので寄り道も出来ず、気になりながらそのまま通過。

三月に亡くなりました、という文面からそうか、あの時は「もう私、居ないのよ」ってことを実は言われてたのかな、と。

今の私の基礎部分を作って下さった方、持っていた芽を大きく芽吹かせてくださった方と言っても、過言ではありません。

人の役に立つ喜びを沢山経験させてくださった先生なんです。あとになれば信じられないくらい、色んなことを任せて、させてくださっていたんです。

そして沢山たくさん褒めてくださったんです。

まぁ自分でいうのもなんですが(笑)ホント張り切り屋さんの典型的な学級委員タイプに2年間で育て上げてくださいました。

(あ、ちゃんと高学年になるころ、典型的な学級委員タイプを貫きすぎると嫌がられる、ということに気が付きまして^^;途中で軌道修正しました)

黒板にそれはそれは美しい字で書かれる際に、下の方へ行くと大きく足をがっと開いてダイナミックに描かれる姿も、はっきりと思い出せます。

私達がラストの教え子で、小学3年生になった春のあのお別れの式典の様子。当時まだ古い講堂しか無くて、児童数も多く、確か運動場での退任式だったんです。

学校のシンボル柳の坂を左手に見ながら、茶系のスーツを着た先生のうつむき加減の姿が目に浮かびます。

会いたい人には、やっぱり会っておかなくてはなりません。

ありがとうを伝えたいと思った時に伝えておかなくては、悔やんでも悔やみきれません。

去年も寒中見舞いで、もう一度会っておきたかった人が亡くなられたことを知りました。今年もこうやって喪中ハガキで知りました。

やはり、そういうお知らせを送るのは、遺された人にとっては手間を感じる部分でもあるかもしれませんが、亡き人を忍ぶ大事な時間でもあると思います。

そして、受け取った人もまた、その人を思い出し、忍び、感謝する、大事な時間となるのです。面識のない私にまできちんと送って下さった息子さんに感謝です。

年内にお墓に会いに行こうと思います。ご自宅にお邪魔するのは気兼ねですが、お墓なら気兼ねなくいつでも会いに行けますものね。

先生、今となればもうすでに何でもご存知なんでしょうけれど、いろいろ報告に行きますね。






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