3月11日

色々とご報告したいことがありますが

やはり今日は3月11日。

あの日のことを忘れないために、忘れたい映像でもありますが、でもやはり忘れてはいけないあの日をちゃんと残しておこうと思います。

今日3時半過ぎに、こちら瀬戸内でも地震がありました。ミシミシときしむ音とゆっくりとした微妙な揺れ。

あの日の揺れは、長かった。本当に長かった。横浜の地下鉄の中で知らぬ人ばかりの中で、お互いに顔を少し見合わせながら、それでも静かにみんな待っていましたっけ。

地上に上がると、地下鉄内の静けさとは打って変わって、すでに検札機の所にロープが張られ、駅員さんが拡声器を片手に、避難を促しています。

とはいえ、そこまで深刻なことになっているとは想像もつかず、取り急ぎ安全な場所と移動できる手段を求めてホテルのタクシー乗り場へ。

そこには、同じことを考えた何百という人たちの列が既に出来ていて、時間を追うごとに酷くなっていく被害の様子があちこちのテレビに映し出され、

それでも、ホテルの方々は皆にバスタオルを配り、外で待つ車いすの高齢の方に中に入るように誘導する人の姿が見えたり、順番を確保するために交代でトイレにいったり

見知らぬ人同士の、お互いを気遣う姿があちこちで見受けられました。

私も前後になった女性と、おしゃべりをしたり、交代でコンビニに行ったり、情報交換をしたりしながら過ごしました。どんなに救われたことでしょう。

今でもその彼女とは、年に数回連絡を取り合います。一昨年には再会も果たしました。

あの日が無かったら、絶対に出会うことのなかった人。

昨夏は、ようやく初めて被災地でのボランティア活動にも参加しました。やはりあの日を知らなかったらきっと自身の体を使おうとは思わなかったと思います。

3月11日は日本列島に住む私たちに、いろんなことを突き付けてくれた日です。

儀礼の復活は必ずあると信じている、と2008年に話してくださった國學院大学の教授の仰ったように、 この2011年3月11日をきっかけに

忘れかけていた、切り捨てかけていた、いろいろな儀礼文化の大切さを取り戻させてくれたように思います。

私たちは、儀礼文化を担う方々の一助となるべく仕事を担っていることに誇りを持ち、

また、新しい一歩を踏み出している、そんな今、です。









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