自分の感覚

先週は、最新のオール電化のQRかざして入れる納骨堂の見学や千葉のお客様のところなどに行っていたのですが、「感覚」って、一括りに言っちゃうとなんですけど

感覚の差、というものは普段自覚していないだけに、その差とか違いをポンって突き付けられると、ハッとしますよね。

感覚というより思い込みなのかイメージというべきなのか、なんですけど

千葉はぐるり海に囲まれてて、しかも瀬戸内と違って外洋で広くて壮大で、それこそ思い込みとイメージで、海洋散骨も増えているんですか?なんて

それこそ何気なく聞いたんですけど

「まさか、まさか!この辺りは無いですよ!」って即答。

「この辺りは漁業を生業にしている人も多いし、問い合わせも無いです。」と。

そうだ、海が好きという人と、海と共に生活をしている人の好きとは、一括りにはできないんだよな、って。

その後、たまたま訪問先近くに、従兄弟が20年以上前から樹木葬という言葉が生まれるかどうか位の時から、自らが荒れた竹藪だらけの山を切り拓き始めたお寺がありまして

もう1件のアポイントがダメだったということもあり^^;そこには伯母や叔父たちも眠っているので、せっかくならと急遽手を合わせに寄ったのですが、

前日見学した最新式で美しく、本物の流水音の響く超快適空間の納骨堂と超対称的。

あれ~~おじちゃん達どこ??って柔らかな土を踏みしめ、汗もかきつつ、でも風を感じながら小さな墓標を探し当てまして

来たよ~~なんて自然に話しかけている自分。 

正解とかではなく、流行とかでもなく、そしてネットの上位に出てくる情報だけではなく

何事もちゃんと自分で見て、ちゃんと知って、ちゃんと比べてから、自分の「感覚」みたいなものが何を求めているのかで判断しないと

人任せや、その時の勢いで何となく決めちゃうと、きっと後からのなんだかな、が付いて回るんだと思います。 

まして、自分の亡くなった後、遺骨やお墓に関しては自分の感覚だけではなく、遺された人たちの感覚も、ちゃんと双方で確かめ合っておかないと

自分としては迷惑をかけないし、よかれと思ったことが、それらを実行する人にとっては後悔しかない、みたいなことが起きている現状。

勿論、様々な条件や制約がそれぞれにあるわけで、感覚の赴くままに何でもできるわけでもないけれど

偏らないよう、凝り固まらないよう、自分で見る、聞く、知る、確かめる、大事です。

なので、私は出張にでたがる 笑

経費がかかると注意される 笑 

この出張で、もう一つどうしても行っておきたかった場所の話は、またの機会に 


 

 

 

 

 

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