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新人さん

卒業して下宿から引き上げる時「GWに実家帰ったら、緊張の糸が切れそうな気がするけぇGWは帰らんよ」 と言っていたはずの末っ子が、「福岡の研修のあと、どこで降りてもいいらしいけぇ、帰るわ~」とあっさり帰ってきて 色々と聞いてみたかった新人研修のアレコレを、思いがけず早々に聞くことができました。 とある鉄道系の会社に入ったのですが、運転手さんとか電車の技術系とかの仕事ではないとはいえ、枕木を掘って移動させたり、運転席に乗って運転を見せてもらたり 改札やホームに立ったり、指差し確認したり、聞くだけでワクワクするような色々な体験をさせてもらっているようですが 現場では現場の作業服、駅では駅のスーツを貸与されて着るのに、なぜか駅でのスーツはみんなオーバーサイズを貸与されたらしく 中3になったら丁度良くなるよ、という期待も込めた中1のような様が、どうも居心地悪くサイズ申請したはずなのになんで??新人です、借り物です、丸だしやん!! と、気まずさ満載だったそうです。 でも、きっとそれは、ワザとじゃない?新人研修中ですので、大目に見てね、よろしくね、っていう暗黙のアピールじゃないかと。 「なるほど、そうかもしれん」、と言いつつも「けど・・・・」と続いた言葉に大笑い 「ホームとかでおっさんに、君ら新人?とか話しかけられてさ、ま、それはいいんよ。頑張ってな。とか励まされて 一番気まずいのが、おばさんやおばあちゃんたちの、孫を見る目のようなアノ微笑みと共に、頑張ってるね、頑張ってね、って声には出さないエールのような視線! あ~ワシら、新人ってバレバレ。声無きこの頑張ってね感がなんか気まずくて、きついんよ!」 あ~~~私もついつい若いお母さんとか、若い子とか、頑張ってるな~~って目で見て微笑んじゃってます。 「ごめん、ごめん、母さんも、やってしまってる わ!!しょうがないんよ!!これは!」  なんなんでしょうね、母性というやつでしょうか。口元が自然とアルカイックスマイルになっちゃってますよね。おばちゃんアルアルですよね。 で、制服ってやっぱり大事だな、と改めて思うわけです。身体にピッタリと合った制服は、何者かを表しているだけでなく それだけで信頼を得ることができるし 着る人にも、自信と誇りを与えてくれるわけです。 普段のスーツとは違って、やっぱりなんか気合も入ったし、作業着の方も、...

お詫び

モナベール、と聞いてピンと来て下さるなが~~いユーザーさんもいらっしゃることと思います。 愛知県西尾市は、繊維の街として栄えていた、というか日本中に繊維で栄えた街がアチコチあるわけで、こちら福山市新市も、絣で一世を風靡した街らしいですが どんどん閉業されたり、デニムに変わったり、今では絣を織っている工場は1件か2件。 その繊維の街西尾でモナベールを織ってくださっていた工場も、とうとう閉業される・・・・ということで私たちもかなり焦りましたが 同じ糸を使って、他で織ってくださる先が何とか見つかったので、この春安心して新商品を出せた、という次第です。  それにしても、糸にするための紡績、からの織る、染める、加工、縫う等繊維関係の工場という工場は閉鎖の一途です。 昨年からうちの商品を縫ってくれませんか、これをこちらで縫えませんか、という問い合わせが激増です。 自社の縫製工場を持ち続けていて、本当によかったと思いますが、それでもやはり工場というのは設備投資が常に必要ですし、なかなか若い人が入ってこないですし AIだのITで何とかなる業種でもなく、結局は、糸や生地だけでなく、ボタンやファスナー、芯地や細かな資材全ての材料がそろわないと作れないわけですし この中東状況で、漏れなく値上げだの、モノが入ってこないだの、少しずつ出始めています。 全ては繋がっているわけで、どこかが途切れると今までの当り前が、あっという間に当り前ではなくなってしまいます。 そして、ごめんなさいm(__)mm(__)m 20日デビュー予定の新商品ニットスーツも、工場が立て込んで仕上げまで間に合っていない、ということでまだ生地が入ってこないのです・・・・ 既に予約くださっている方々、もう少しお待ちくださいね。生地が入り次第すぐに取り掛かりますので!! といって、工場も既に5月末の納期になっているくらい混んでいるようです。お時間は頂きますが、必ず縫いあげてお届けしますので、よろしくお願いいたしますm(__)mm(__)m      

桜山大祭

いつもお参りする吉備津神社の一角にある桜山神社で毎年この時期に『桜山大祭』が行われます。 鎌倉時代末期、後醍醐天皇の命を受けた楠木正成公の元に集まった、桜山慈俊(さくらやまこれとし)をはじめとする当時のこの辺りの方々、 最後は吉備津神社に火を放って、自害したとかいうの末裔たちが集まるのですが 嫁に来た当初は、なんじゃそりゃ??自害したなら子孫はいないじゃん、とか、お年を召した方々が何処からともなく集まってくる様子に驚きつつ、 子どもが生まれたら義父がみんなを連れていきたい、と子どもたちも連れて行って、でもそれって ほら、うちはこんなに子孫繁栄、幸せでしょ、を見せつけているようで、なんだかなぁ、なんてことも思ったりもしましたが でも私たちもそのお年を召した方々の方に近づきつつある今となると、自分のルーツであったり、こうやって集まれる健康な体がある当たり前のような幸せや 今回、たまたま隣に座った女性のお名前が、最後記念写真を撮るときにカメラマンさんがその方を呼ばれたのでわかって もしかして、毎月1日の月次祭に来られていた方のご親族かな?と思って尋ねると、「はい、そこの嫁です」ってことになって 亡くなられて10年以上が経ちますが、30年前から毎月一日にご一緒していた話などで盛り上がり、思い出してくださる方がいるんですね、と喜んでくださって あぁやっぱりこういう、間違いなく生きた証があって、亡くなっても誰かの記憶の中に生きていることがわかるってことは嬉しいことだな、と。 そして、若い人がいるだけであぁまだ日本は大丈夫かも、っていうような安堵感や、希望のようなものも感じられて いつか孫ができたとしたら、やっぱり連れてきたいと思うかもな、と。お嫁さんは当時の私のように、なんじゃそりゃ?って思うかもだけど^^; 大祭の後には、75歳の現役紙芝居おじさんによる、桜山慈俊公のオリジナル紙芝居も、あったりして、へ~~~って、今更知ることも多々。 6年後には700年の節目だそうです。健康でその日が迎えられますように。    

手信号

広島県内で、自転車に乗っていた学生さんが手信号をしていなかったからと、男性に指摘をうけて、2000円の罰金をその場で支払った というニュースを見て、え~~うそでしょ!!って、そもそもそんなおじさん許せないですけど その場で現金を払ったこともですが、手信号で罰金、って信じたの?って思ったんですけど 正確に言うと、手信号をしないのも、本来ならば罰金に値するらしんですって!! 手信号する方が片手運転になって危なっかしいし、あれは昭和の歴史でもう廃止されたくらいに、私は勝手に思い込んでました。 私たちが小学生の頃は、学校で自転車教室、ってのがあって、校庭に白線で道が描かれて、横断歩道だとか、踏切だとか、そうそう信号機もやってきてたっけ。 小さな町、が作られ、おまわりさん指導の下、リアル特訓を受けましたけど、その時は学校の近所に住む何人かが自分の自転車提供して なんか、優越感、みたいな笑、羨望、みたいな笑、子ども心にいろんな想いが沸き上がったり、ヤイのヤイの言う男子がいたりしたこと、よく覚えてます 笑 で、今、そんな教室やってます???少なくとも娘が教員として勤めた学校で自転車教室があった話は聞いたことないですけど、実はやってた?? やってないとしたら、いつ、どうやって、あの手信号を誰から習う????習える???? っていうか、自転車のルールとか本当に曖昧、ですよね!? そして実際にあの車道の青い自転車って書いてある狭いところを走るのは、自転車側も、車側もヒヤヒヤドキドキですよね。 頼む、歩道を走って!!って思っちゃうのは私だけではないはず。 やはり生身の身体ですから危険度も高いですし、自転車の迷惑運転も許されるものではないですけど そもそものルールが、勝手な解釈や私みたいな思い込みや、知らないことだらけ。 で、本当に、手信号必須なんですか!?!?    

上を向いて

中東情勢の影響で、商品供給が難しい可能性もあります。 私達アパレルメーカーにも、こんな一文のメールやお知らせが届くようになりました。 改めて私たちの日々の暮らしも、日々の仕事も、石油にどれだけ依存しているのかを突き付けられていますね。 食べ物でも、製品でも、材料があって、元になるものがあって、それらが様々な工程を経て完成形になって、更にそれを何かしらで包装し 何かしらの輸送手段を使って手元に届くのですから、そこへ1滴も石油が関与しないってことは、ほぼあり得ないわけです。 石油のことだけでなく、ありとあらゆるものが、世界中の何千何万人の手を通って今この目の前にある、ってこと忘れてというか、見ないままというか 当たり前に享受してきた今までの暮らし。 それがいつまでも続くなんて、本当はあり得ないかもしれないと、頭の隅のどこかでは感じていながらも  それでも、どん欲な人間は少しでも便利で良いものを1円でも安く、一日でも早く、手に入れたいと思ってしまうんですよね。  様々なものが値上げの中、自社はどこまでどうするのか。会社もボランティアではないので利益を出さなくてはいけません。 値上げだけでなく、必要なものが手に入らなくなった時の代替はどうするのか、できるのか でもある意味、それは変わるチャンス、新しく切り替えることができるチャンスになり得るかもしれません。 マイナス思考に陥らず、柔軟に、前向きに!の精神を忘れずに、上を向いて笑って進んでいきたい、と 葉を出し始めた桜を見上げながら思う、私です。 

祝・30歳の私

誕生日おめでとう、に対して、親になって30歳おめでとう、と返信 娘が30歳を迎えました。 そうです、ということは私たちは親になって30年。確かに30歳です。 3月に生まれるはずが、なかなか出て来ず、とうとう4月になってエイプリルフールも過ぎて、予定日より14日過ぎているし、ということで いわゆる陣痛促進剤、ってやつでスタートしましたが、あれが難産だったのかどうかは、他の方とは実際のところ比較のしようがないので なんとも、ですが、それでもなかなか降りて来ないので、院長先生がベッドに乗って肘で押す、という景色は、安産ではなかったのかもしれません 笑 でも、あの日のあの痛みもあの時のあの喜びも、色あせることなく心身にしっかりと刻み込まれています。 姉の30歳という数字に末っ子がかなり驚き、失礼にも笑ったようでしたが、いやいや、かくいうあなたももういい歳よ、です。 皆、本当に大きくなりました。 皆が健康で、それぞれに社会に出て生活をし、娘に関しては良き伴侶にも巡り合えて、羨ましいくらい仲良く生活している姿を見ると、感謝しかありません。 なかなか子宝には恵まれませんが、これもまた二人で乗り越えていくことでしょうから、ただただ見守るだけです。 でも、密かにあちこちで手を合わせているのも確かです。 子どもだけが全てではありませんが、欲しいと願っている二人に、出来ることならどうぞ授けてやってくださいと願わずにはいられないのも事実です。 病院に通い続け、様々に待ち受ける検査のことを聞くと、思い煩う間もなく母になれたということ、しかも3人もの親にさせてもらえたという奇跡に感謝しかないです。  親になって30歳。主たる役目は終えたつもりですが、親という立場に終わりはありませんし、とはいえ役目もそれなりにあることでしょう。 その為には、自分が健康であることが何より一番かと。一日でも長く、何かや誰かに依存することなく前向きに過ごして行ける日々でありたいと思います^^  

落ち葉との戦い再び

花散らしの雨、って先週から天気予報を見ればよくつかわれている言葉ですが でも、切なく哀しい残念過ぎる雨なんだけれど、美しい響き、日本だなぁ~~~ってかんじですよね。 その言葉の通り、今年は残念ながら桜が長続きしない様相ですし、実際結構強い風も吹いて残念ながら散りかけの桜も多いです。 で、その強い雨風と共に、春の落ち葉も漏れなく始まっておりまして・・・・・・ せっせせっせと、昼休憩は落ち葉拾いです。 拾い集めるものが無かったのは2月くらいで、3月になれば、出てきた小さな芽を今やっつけておかねばと 這いつくばるようにして芝の間の「いけん奴」(いけん→広島弁でダメとかよくないの意)って勝手に命名している雑草たちをチマチマ抜き取り 自社の新商品の膝当て付きスラックスに履き替えると、はかどっちゃうから益々がんばってしまうという、良いのか悪いのか ・・・・・ 更に先週から落ち始めた春落ち葉が、今週は益々増えて、春落ち葉は秋と違って枯れて無くて元気で青々しているものも多く 掃いても、元気よく変な方に飛んでいくという、本当に厄介な「いけん奴葉っぱ編」です。 落ち葉との戦い、再びです^^; でも、キレイになるとやっぱり気持ちのいいもので、ため息はつきたくなりますが、嫌いじゃない作業だったりするのです 笑 いつかシ〇バー人材センターさんに登録したら、庭掃除に派遣してもらおうと思います。